ここからが地獄である。まず選択肢を検討する。「やっぱり袋ください」と言い直す。これがいちばん賢い。誰も困らないし、数円払えば解決する。分かっている。分かっているのだが、なぜか言えない。
すでに「大丈夫です」と宣言してしまった手前、前言を撤回するのが、妙に恥ずかしいのだ。たかだか袋の話である。店員さんは何とも思っていない。それでも、あの一言を翻すのは、なぜか大きな決断に感じられる。人間のプライドは、どうでもいいところに宿る。
「袋はご利用ですか?」「あ、大丈夫です」。この会話を、私は何も考えずに交わしている。完全に自動化された返答だ。そして会計が終わり、カウンターに並んだ5つの商品を前にして、ようやく気づく。私は今日、鞄を持っていない。
ここからが地獄である。まず選択肢を検討する。「やっぱり袋ください」と言い直す。これがいちばん賢い。誰も困らないし、数円払えば解決する。分かっている。分かっているのだが、なぜか言えない。
すでに「大丈夫です」と宣言してしまった手前、前言を撤回するのが、妙に恥ずかしいのだ。たかだか袋の話である。店員さんは何とも思っていない。それでも、あの一言を翻すのは、なぜか大きな決断に感じられる。人間のプライドは、どうでもいいところに宿る。
こうして私は、無言で商品を抱え始める。まず一番大きなものを左腕の内側に。その上に、崩れにくい四角いものを重ねる。おにぎりは潰れるので、そっと最上段へ。ペットボトルは冷たいので、腕の外側に沿わせる。パンは、どこに置いても敗北する。
数秒で、私の腕の中には奇跡的なバランスの城が完成する。あとはこれを崩さずに、自動ドアをくぐり、家まで運ぶだけだ。両手はふさがっている。財布はポケットに押し込んだ。スマホは見られない。信号は目視で渡る。
そして必ず、道の途中でペットボトルが落ちる。転がる。追いかける。追いかけようとして、今度はおにぎりが落ちる。私は道の真ん中で、静かに敗北する。
不思議なのは、この失敗を何度繰り返しても、まったく学習しないことだ。翌週にはまた同じ場面で「あ、大丈夫です」と言っている。エコバッグは、家の玄関に4つある。どれも一度も持ち出されていない。
結局、あの「大丈夫です」は、袋がいらないという意思表明ではないのだと思う。あれは、レジという場を早く切り抜けたい人間の、条件反射の呪文なのだ。中身なんてない。だからこそ、あんなにするっと口から出てしまう。
ちなみに、この状況で最も心が折れるのは、店員さんが黙って商品の上に小さなテープを貼ってくれる瞬間だ。「お会計済みです」の印。あの優しさが、腕の中の惨状を静かに照らし出す。何も言われていないのに、すべてを見抜かれている気がする。
そして自動ドアを出る。夏なら汗をかき、冬なら手がかじかむ。家までの5分が、やたら長い。玄関で商品を床にぶちまけながら、私はいつも同じことを思う。「次は、絶対にエコバッグを持ってこよう」。