不思議なのは、家で食べるときは1個で足りるということだ。冷蔵庫にあるおかずと一緒なら、おにぎり1個でちゃんと満たされる。ところがコンビニの棚の前に立つと、途端に1個が心もとなくなる。あの三角形が、急に小さく見えてくるのだ。
たぶん、コンビニのおにぎりには「これ1個で食事が完結しなければならない」という重圧がかかっている。ほかにおかずはない。味噌汁もない。この一個が、私の昼食のすべてだ。そう思った瞬間、手はもう2個目に伸びている。
おにぎりの棚の前で、私はいつも同じ計算をしている。1個。うん、足りない。2個。……ちょっと多いな。でも1個は絶対に足りない。よし、2個で。この計算を、私はもう何百回と繰り返してきた。答えは毎回同じである。
不思議なのは、家で食べるときは1個で足りるということだ。冷蔵庫にあるおかずと一緒なら、おにぎり1個でちゃんと満たされる。ところがコンビニの棚の前に立つと、途端に1個が心もとなくなる。あの三角形が、急に小さく見えてくるのだ。
たぶん、コンビニのおにぎりには「これ1個で食事が完結しなければならない」という重圧がかかっている。ほかにおかずはない。味噌汁もない。この一個が、私の昼食のすべてだ。そう思った瞬間、手はもう2個目に伸びている。
面白いのは、2個目の選び方だ。1個目に鮭を取ったとして、2個目にもう一度鮭を取ることは、まずない。ツナマヨか、明太子か、昆布か。とにかく違う味を選ぶ。同じものを2個買うのは、なぜか少し負けた気がするのだ。
しかもこのとき、無意識に役割分担が発生している。1個目は「主役」、2個目は「箸休め」。鮭が主役なら、昆布は箸休め。ツナマヨが主役なら、梅で締める。誰に教わったわけでもないのに、この構成を守っている。おにぎり2個で、勝手にコース料理を組み立てているのだ。我ながらどうかしている。
そして食べる。1個目は当然うまい。空腹に染みる。2個目に取りかかる。半分くらいまでは順調だ。しかし残り3口あたりで、必ずあの瞬間が訪れる。「……あ、ちょっと多かったかも」。
もちろん食べきる。残すという選択肢はない。ただ、食べ終わったあとの満腹感が、明らかに「ちょうどいい」を1割ほど超えている。腹八分目ではなく、腹十一分目。この1割が、毎回の後悔の正体だ。
ならば1個にすればいいじゃないか、と思うだろう。試したことはある。何度もある。結果は毎回同じで、食後30分後に、はっきりと空腹がやってくる。そして結局、お菓子に手を伸ばして、おにぎり2個より高くつく。人生は難しい。
コンビニもたぶん、このジレンマを知っている。だから小さめのおにぎりがあったり、サラダやスープが隣に置いてあったりする。「1個+スープ」という洗練された解も、ちゃんと用意されている。頭ではわかっている。
それでも私は、今日も2個をカゴに入れる。スープを足すのは、なんだか丁寧すぎる気がするのだ。おにぎり2個を片手に持って歩く、あの雑な感じ。あれが好きなのかもしれない。栄養バランスでも満腹度でもなく、そういう気分の問題として、私は2個を選んでいる。