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レシートを財布に溜め込む人間の言い分

レシートを財布に溜め込む人間の言い分
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私の財布は、いつも少しだけ膨らんでいる。お金で、ではない。レシートだ。「レシートは結構です」と言えばいいだけなのに、なぜか毎回受け取り、なぜか財布に押し込み、なぜか捨てられない。

ポイントカードは「持ってないです」と即答できる。袋も「そのままで大丈夫です」とスマートに断れる。なのにレシートだけは、差し出されるとつい受け取ってしまう。要らないと思っているのに、手が勝手に伸びる。そして財布の小銭入れの奥で、レシートは静かに地層を作っていく。

ためたところで、家計簿をつけるわけでもない。確定申告に使うわけでもない。ただ、なんとなく捨てられないのだ。捨てた直後に「あれ、いくらだったっけ」と確認したくなる気がして、その“気がする”だけのために抱え込んでいる。確認したことは、ほぼない。

告白 / ごくまれに、読み返す

財布がパンパンになって、ようやく整理に取りかかる。そのとき、つい一枚ずつ読み返してしまう瞬間がある。これがちょっと、面白い。

火曜の22時に、おにぎりとコーヒーとからあげクン。金曜の昼に、やたら高いプリン。日付と時刻と品名だけの、味も素っ気もない記録なのに、その日の自分がうっすら浮かんでくる。「ああ、この日は残業して、自分を甘やかしたんだな」と。レシートは、書いた覚えのない日記だった。

もちろん、ほとんどのレシートはそんなドラマを持っていない。お茶一本、ガム一個、それだけの紙きれが大半だ。それでも束で眺めると、自分がいかにコンビニに通っているかが克明に分かってしまって、軽く反省する。反省はするが、行動は変わらない。明日もたぶん寄る。

結局、まとめて捨てる。地層をいっぺんに崩して、財布は薄くなり、心はほんの少しだけ軽くなる。そしてその日の帰りにまた一枚、新しいレシートを受け取って、地層の第一層が静かに始まる。この繰り返しを、私はもう何年も続けている。

✦ きょうの結論 ✦
「レシートは、
書いた覚えのない日記である。
たいてい、つまらない。」
── 財布が膨らみがちな人より

🌙 また、第一層から

「レシートは結構です」。次こそ言おうと思っている。思ってはいるのだが、たぶん明日も受け取る。財布の中の地層は、私が生きている証だ——というのは、さすがに言いすぎか。